小論文の解答例を作るのは得意なんですが、

一つだけ苦手なテーマがありまして。。。

 

「あなたのセールスポイントについて述べなさい」

いわゆる自己PR系の小論文です。

 

目の前の生徒の強みを発見するのは得意なのに、

架空の人格って創作できないんですよぉ。。。

 

私が小説を書けない理由です。

「無敵の論文メソッド」で自己PR系の論文を扱わなかった理由でもあります。

消防や警察、市役所ではよく出るテーマなんですけどね。

 

昨日もCSS公務員セミナーの仕事で、自己PR系の解答例を1本書くことになってしまいました。

さあ困った。

自分のことなら書けますが、

「小論文が得意」とか書いたら「講師が自分の話してるw」とバレバレです。

うーん・・・と悩んだ挙げ句、ひねり出したのがこれ↓

 

「私のセールスポイントは、絶叫マシンに強いことである」

 

変ですか?(笑)

公務員にふさわしいかどうかに縛られると、「真面目にコツコツ」とか「責任感あります」みたいな優等生ワードを使いたくなってしまいます。

だからみんな似たりよったりのエントリーシートになる。

ここは「どう思われるか」から一旦離れて、「自分が他人に勝てること」をストレートに語った方がいいんです。

 

冒頭で「絶叫マシンに強い」と自己定義したら、それを裏付ける事実を続けます。

「私のセールスポイントは、絶叫マシンに強いことである。
東武動物公園の「カワセミ」や富士急ハイランドの「ええじゃないか」「ド・ドドンパ」、よこはまコスモワールドの水中突入型ジェットコースター「バニッシュ!」など、関東地方の有名な絶叫マシンはすべて制覇している。そしてまったく恐怖を感じず、むしろ楽しむことができるのが私の特技である。」

ここはちょっと脚色してます。どれも乗ってません(笑)

昔、オーストラリアで散々乗りまくったんですよ。でも採点者が知ってる固有名詞の方が価値を伝えやすいですよね。

 

第二段落では、その強みが最もよく発揮されたエピソード。

今回はゴールドコーストで現地の連中に無理やり乗せられたとき、ふと悟りの境地に達した瞬間の話をしようと思います。

「絶叫マシンを楽しむコツは意識を切り替えることである。
普通の人は「落ちたらどうしよう」「故障したらどうしよう」という心配をするため、安全バーを全力で握りしめ、体を硬直させてしまう。
これではマシンの遠心力に常に逆らって力を入れるため、「力を抜いたら落ちる」と思い込んでしまい、かえって恐怖が増すという悪循環になるのである。

私も最初はそのような乗り方で怖がっていたが、「ド・ドドンパ」に初めて乗り恐怖のピークを迎えたとき、悟ったのである。
絶叫マシンは非常に安全に作られていて、手放しでも遠心力のおかげで絶対に落ちないように設計されている。
むしろマシンの遠心力に身を任せた方が安全ともいえる。
これに気づいたときから、私にとって絶叫マシンとは「非日常的な重力体験に身を任せて景色を楽しむ乗り物」に変わったのである。」

これ、体験した人しか語れないんじゃないかと思います。

創作でここまでのリアリティは出せません。

最後の段落は、この体験から学んだことを将来の仕事にどう活かすのか?

「この体験で学んだのは「恐怖心を乗り越えると、別な景色が見える」ということである。
難しい課題を前にして恐れたり緊張したりするのは対象をよく知らず身構えているからである。むしろ飛び込んで身を任せた方が恐れていたときは見えなかったものが見えてくる。
市職員の仕事は市民の生活を守ることであり、住民トラブルから自然災害までたくさんの困難な課題に直面すると予想される。ここで保身に走ったり無難な対応に逃げたりしては住民を守ることはできず、行政の信頼も損なわれてしまう。
このような場面でこそ、恐怖心を持たずむしろ困難を楽しむことができるという私の特性を発揮し、市民にも職場にも貢献したいと考えている。」

最後は無理やり市役所の仕事に結びつけます。モノは言いようです(笑)

これができていれば、冒頭の自己定義は優等生ワードから逸脱している方が面白くなります。

ここまでの段落をつなげると、800字の文章が完成します!

 私のセールスポイントは、絶叫マシンに強いことである。東武動物公園の「カワセミ」や富士急ハイランドの「ええじゃないか」「ド・ドドンパ」、よこはまコスモワールドの水中突入型ジェットコースター「バニッシュ!」など、関東地方の有名な絶叫マシンはすべて制覇している。そしてまったく恐怖を感じず、むしろ楽しむことができるのが私の特技である。
絶叫マシンを楽しむコツは意識を切り替えることである。普通の人は「落ちたらどうしよう」「故障したらどうしよう」という心配をするため、安全バーを全力で握りしめ、体を硬直させてしまう。これではマシンの遠心力に常に逆らって力を入れるため、「力を抜いたら落ちる」と思い込んでしまい、かえって恐怖が増すという悪循環になるのである。私も最初はそのような乗り方で怖がっていたが、「ド・ドドンパ」に初めて乗り恐怖のピークを迎えたとき、悟ったのである。絶叫マシンは非常に安全に作られていて、手放しでも遠心力のおかげで絶対に落ちないように設計されている。むしろマシンの遠心力に身を任せた方が安全ともいえる。これに気づいたときから、私にとって絶叫マシンとは「非日常的な重力体験に身を任せて景色を楽しむ乗り物」に変わったのである。
この体験で学んだのは「恐怖心を乗り越えると、別な景色が見える」ということである。難しい課題を前にして恐れたり緊張したりするのは対象をよく知らず身構えているからである。むしろ飛び込んで身を任せた方が恐れていたときは見えなかったものが見えてくる。市職員の仕事は市民の生活を守ることであり、住民トラブルから自然災害までたくさんの困難な課題に直面すると予想される。ここで保身に走ったり無難な対応に逃げたりしては住民を守ることはできず、行政の信頼も損なわれてしまう。このような場面でこそ、恐怖心を持たずむしろ困難を楽しむことができるという私の特性を発揮し、市民にも職場にも貢献したいと考えている。

これを書いていて気づきました。

大人になってから、プレッシャーで鼻血が出るような案件でも

逃げずに乗り切って来れたのは

「恐怖を超えると別の景色が見える」という悟り体験のおかげかもしれません。

〈メルマガ【論文アカデミー】2021.7.12 Vol.017〉

 

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