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ロジカルコミュニケーション・コンサルタントの鈴木鋭智です。

ビジネスセミナーの受講者から鋭いご質問(というかご指摘)を受けました。

 

「論理的な説明とは、次の3点がはっきりわかること」という話で映したスライドについてです。

 

A=B(共通点、「AとBはここが同じだよ」)

A⇔B(相違点、「AとBはここが逆だよ」)

A→B(因果関係、「Aの結果、Bになるんだよ」)

 

このうち「相違点」についてのご指摘でした。

「相違点が「逆」とは限らないのでは? それに「⇔」は論理記号では「同値」であって、相違点を表すなら「≠」では?」

 

うっ、……なかなか「痛いところ」を突かれました(笑)

と同時に、非常に面白い問題提起に出会いました。

 

実はこの点が自然言語と純粋数学の大きな違いなのです。

 

 

自然言語における「逆」を数学的に表現するのは簡単ではありません。

数学では値が1でも違えば「A≠B」。

ダイエット食品の広告で、私たちは「使用前/使用後」の写真を「対比の表現」と受け取りますが、

数学者なら被験者の体重を測って「有意差」を計算するでしょう。

数学での「相違」は「差」であって「逆」ではないのです。

(強いて言えば「プラスマイナスの符号」とか「ベクトルの方向」というのはありますが、それには後で触れます)

 

しかし、例えば営業の現場で求められる説明とは、「小さな差」ではなく「明らかに逆の点」。

「不便だった操作が、楽チンになる」

「ダサかった部屋が、オシャレになる」

「落ちこぼれが、できる社員に変わる」

 

これは「≠」では表せません。

 

「逆」というのは「人間の価値判断」が決めることなのです。

「赤」の反対は「青信号」「白組」「緑(補色)」「黒字」といろいろ。

何が逆なのかは文脈で決まります。

 

というわけで、そもそも「逆」を表すのが苦手な数学の論理記号を使って自然言語の「相違点」を表そうとしたところに無理があったわけで、

ベクトルで表記してもかえってわかりにくくなってしまうでしょう。

それゆえ学校の国語の授業では、しかたなく便宜的に「↔、⇔」を使って「逆、対比」を説明することが多いのです。

 

 

「だから、そこは勘弁してね」という説明で、その方には納得していただいたのですが(笑)、

考えてみると、

人工知能(AI)の「読解力」のカギはこの辺にあるのかもしれません。

 

人工知能「東ロボくん」が読解力不足で東大合格を断念したことに関連して、

実は8割の高校生が読解力で「東ロボくん」に負けていたという衝撃の実態が話題となりました。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1611/21/news096.html

 

 

従来、国語教育の現場でも「読解力=書いてあることを理解すること」と単純に考えられてきました。

しかし、書かれてある情報を拾うだけなら人工知能が最も得意とすること。

「この文章では『赤』と『青』が対比されている」という「関係」を理解するのが機械には難しいのかもしれません。

(そして機械的に問題を解こうとする中高生にも難しいのかもしれません)

 

もし「AとBが逆である」という関係性を見つけるプロセスをマニュアル化できたら、

中高生の読解力を飛躍的に上げることができるでしょうか?

「東ロボくん」は今度こそ合格できるでしょうか?

……どちらが先でしょう?